この記録は岡山市立図書館デジタルアーカイブほか公開資料をもとにまとめたものです。
所在地・年代の一部は、資料に明記がなく複数の情報源を突き合わせて確認したものです。
確認できなかった項目は「調べきれなかったこと」に書いています。掲載の古写真は岡山市立図書館の提供資料
(CC BY・表示)で、各写真のページに出典を明記しています。
1. 岡山城天守閣(旧・国宝天守)
丸の内二丁目3-1(岡山城跡)
岡山城天守閣(戦災前)/岡山市立図書館蔵
- 失われた時期
- 1945年6月29日(岡山大空襲)。焼失前は1931年指定の旧国宝
- 現在
- 1964〜1966年に鉄筋コンクリート造で外観復元。今建っている天守閣は復元建築物で、焼失した旧国宝の建物そのものではない
- 古写真
- https://adeac.jp/okayama-city/catalog/P000576(岡山市立図書館デジタルアーカイブ)
- 裏付け
- Wikipedia「岡山城」
もう1枚、旭川越しに天守閣を写した古写真もあります → 「岡山城天守閣と旭川(戦災前)」
https://adeac.jp/okayama-city/catalog/P000691

2. 岡山城石山門(旧・国宝)
岡山城跡内(岡山市北区丸の内)
岡山城石山門(戦災前)/岡山市立図書館蔵
- 失われた時期
- 1945年6月29日(岡山大空襲)。1933年指定の旧国宝で、三の丸と西の丸を結ぶ大手門の一つだった
- 現在
- 再建されておらず、石垣のみが現存。同時に焼け残った月見櫓・西之丸西手櫓は国の重要文化財として現存する
- 古写真
- https://adeac.jp/okayama-city/catalog/P000577(岡山市立図書館デジタルアーカイブ)
- 裏付け
- Wikipedia「岡山城」
3. 岡山県庁舎(天神山旧庁舎)
岡山市天神山(現・岡山市北区天神町)
[岡山県庁絵葉書]/岡山市立図書館蔵
- 失われた時期
- 1945年6月29日(岡山大空襲)。1879年に天神山へ移転した木造庁舎が焼失
- 現在
- 焼失後は仮庁舎を経て、1957年に内山下で現庁舎が完成(前川國男設計、2024年国登録有形文化財)。天神山の跡地には1962年「岡山県総合文化センター」が建ち、現在は岡山県天神山文化プラザ(岡山市北区天神町8番54号)
- 古写真
- https://adeac.jp/okayama-city/catalog/P000186(岡山市立図書館デジタルアーカイブ)
- 裏付け
- Wikipedia「岡山県庁舎」
写真は実写ではなく意匠入りの絵葉書。撮影・発行年の記載はありません。
4. 岡山市役所(旧庁舎)
岡山市田町(丁目・番地は未確認)
岡山市役所/岡山市立図書館蔵
- 失われた時期
- 1945年6月29日(岡山大空襲)で焼失(岡山市公式サイト「市内に残る戦災の痕跡」に焼失施設として記載)
- 現在
- 現在の本庁舎は1968年竣工、岡山市北区大供一丁目1番1号(旧庁舎とは別の場所)
- 古写真
- https://adeac.jp/okayama-city/catalog/P000343(岡山市立図書館デジタルアーカイブ)
- 裏付け
- 岡山市「市内に残る戦災の痕跡」/Wikipedia「岡山大空襲」
写真に撮影年・住所の記載はありません。「田町にあった」はWikipedia「岡山大空襲」の記述によるもので、番地までは確認できていません。
5. 蓮昌寺(戦前の大本堂・三重塔ほか旧伽藍)
岡山市北区田町一丁目4-12(現在も同地に寺院として存続)
蓮昌寺/岡山市立図書館蔵
- 失われた時期
- 1945年6月29日(岡山大空襲)で、大本堂(桃山時代・国宝指定、十八間四面)、三重塔(南北朝時代・国宝指定)など伽藍のほぼすべてを焼失。寺宝「大まんだらさま」は焼失を免れた
- 現在
- 寺院自体は同じ場所に現存し、新本堂は1968年春に再建。ただし戦前の国宝建築群そのものは失われ、現存しない
- 古写真
- https://adeac.jp/okayama-city/catalog/P000298(岡山市立図書館デジタルアーカイブ)
- 裏付け
- 蓮昌寺公式サイト「蓮昌寺について」/Wikipedia「蓮昌寺(岡山市)」
写真に撮影年の記載はありません。大屋根の建物が写っており、本堂または祖師堂とみられます(library側の確定情報ではなく、写真の見た目からの推測)。
分かったこと
- 今回特定できた5件はすべて、1945年6月29日の岡山大空襲で同じ日に失われています。空襲被害が中心部に集中していたことが、失われた建物の記録からも裏付けられます。
- 岡山城天守閣のように「復元建築物が同じ場所に建っている」ケースと、石山門のように「跡形もなく石垣だけが残る」ケース、蓮昌寺のように「寺院自体は存続するが戦前の建物群は失われた」ケースがあり、「失われた」の中身は建物ごとに違います。
- 岡山市立図書館デジタルアーカイブの資料は、写真そのものに撮影年が記録されていないものが多く、年代の特定には外部資料(Wikipedia・施設公式サイト・岡山市公式サイト)との突き合わせが必要でした。
調べきれなかったこと
- 岡山市役所旧庁舎の丁目・番地レベルの所在地(「田町」までしか確認できていません)。
- 大雲寺(田町三丁目)は岡山大空襲で焼失したとWikipediaに記載がありますが、デジタルアーカイブ内で確認できた関連資料は「下水道工事 大雲寺町」(P000505、工事の様子を写したもので寺院本体の写真ではない)と明治期の地図(G000047)のみで、寺院建物そのものを写した古写真は見つからなかったため、今回のアーカイブには含めていません。
- 岡山駅の旧駅舎・天満屋の旧店舗は、デジタルアーカイブ内に候補となる写真が20件以上ありましたが、どの写真がどの年代の建物を写したものか1件ずつ確認する時間が取れず、今回は見送りました。次に着手する候補です。
- 各古写真の正確な撮影年(目録に記載がないため、多くは「戦災前」という分類以上の情報がありません)。